大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和41年(ソ)4号 決定

抗告人 青山一郎

右代理人弁護士 斉藤富雄

相手方 志満産業株式会社

右代表者代表取締役 原島薫子

同 原島薫子

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告状の記載によれば、抗告人は「原決定を取消す。抗告人と相手方ら間の台東簡易裁判所昭和三九年(ハ)第一八三号請求異議事件の和解調書第四項につき、同裁判所書記官檀上清高が昭和四〇年一〇月二六日相手方らに付与した執行力ある正本に基く強制執行はこれを許さない。抗告費用は相手方らの負担とする。」との裁判を求め、右抗告状及び記録中の昭和四〇年一〇月二九日付「執行文付与に対する異議申立」と題する書面の各記載によれば、本件抗告の理由及び執行文付与に対する異議の理由は「(一)右和解調書第四項表示の抗告人の相手方らに対する金二〇〇万円の支払債務は、右条項によれば相手方らの抗告人に対する別紙目録記載の建物の明渡と引換えに履行すべき旨定められているところ、抗告人は相手方らより右建物の明渡を受けたことはなく、建物は現在も相手方志満産業株式会社の使用人である呉立群が占有している。(二)抗告人の前記債務金二〇〇万円のうち、金五〇万円は右建物内の造作の売買代金であるところ、相手方らは右造作を他へ搬出するか、もしくは破壊してしまった。それ故相手方らは、もはや抗告人に対し右代金の支払を求めえないことになったというべきである。(三)抗告人は相手方原島に対して約束手形金債権金一六〇万円及び損害金債権金四五万円合計二〇五万円の債権を有するので、抗告人は昭和四〇年九月三日頃相手方原島に到達した書面を以って右債権を自働債権とし前記相手方らの抗告人に対する金二〇〇万円の債権を受働債権として対当額について相殺する旨の意思表示をしたから、右和解調書第四項表示の被告相手方らの債権は消滅した。以上の次第であるから抗告人に対する強制執行のために右裁判所書記官が相手方らに対し前記執行力ある正本を付与したのは失当であるのに、右付与に対して抗告人の申立てた異議を却下した原決定は不当である。よって前記のとおりの裁判を求める。」というにあると認められる。

そこで先ず抗告人主張の第一点について検討するに、記録中の和解調書第四項の記載によれば、抗告人の金二〇〇万円の支払義務の履行については昭和四一年一二月二四日の期限が定められると共に建物明渡についての猶予期限である右同日に相手方らの建物明渡債務の履行と同時に履行すべき旨定められていると解するのが相当である。しかして抗告人は未だ相手方らが建物の明渡をしないことをいうが、右のように同時履行の関係にある場合には相手方の債務の履行もしくはその提供の事実の有無は、執行の開始に当って執行機関の審査すべき事項に属し、いわゆる執行開始の要件であり、相手方らにおいて執行力ある正本の付与を求める際にその成就を立証すべき条件(民事訴訟法第五一八条第二項)には当らないものである。それ故相手方らが右債務の履行もしくはその提供をしないという事実は、本件執行力ある正本に基く抗告人に対する強制執行が開始された場合に執行方法に関する異議の事由として主張しうることは格別、執行文付与に対する異議の事由となるものではない。(ちなみに前記昭和四一年一二月二四日の期限は、前述の和解条項記載の金二〇〇万円の支払についてその義務者たる抗告人の利益のためにも定められたものと解すべきであるから、和解調書上特段の記載のみられない本件においては、相手方らが期限前に建物を明渡したとしても、そのことによって、当然に抗告人において即時右金員を支払うべきものとなるとは考えられないが、期限の到来の有無もまた執行開始の要件であって執行文付与の条件ではないから、右期限の未到来をもって執行文付与に対する異議の事由とすることはできない。)

なお、一件記録によれば、相手方らは、本件建物を昭和四〇年八月二六日に抗告人に明渡ずみである旨主張しているが、記録によれば、相手方らは同年八月二三日抗告人に到達した書面で同月二六日正午に建物を明渡すことを通告したうえ右同日建物の出入口を施錠して立退いたことが窺われるけれども、他方右八月二六日には偶々旅行中で相手方らの立退きに立会うことができなかった抗告人が後に右建物を検分したところ、建物内には相手方らの遺留した物件が多数残存していたこと、さらに相手方志満産業株式会社が右建物でクラブ「シマ」を経営していた当時の支配人である呉立群が現に建物を占有しており、呉は相手方志満産業株式会社から建物を転借していた旨あるいはクラブ「シマ」の実質上の経営者である自分が建物の賃借人である旨主張して抗告人の明渡の求めを拒否していることが認められるのであって、右事実によれば本件建物は相手方志満産業株式会社が未だ占有を続けているかもしくは右会社の占有に基いて呉が占有を承継していると考えられ、相手方らからの建物の明渡が完全になされているとは認めることができない。従って本件執行力ある正本に基く相手方らの抗告人に対する強制執行の開始の要件は未だ充たされていないというべきであるが、これがために執行文の付与を不当とすることのできないことはさきに述べたとおりであり、抗告人主張の第一点は理由がない。

次に、抗告人主張にかかる第二、第三の点はいずれも本件和解調書第四項に表示されている相手方らの請求権が消滅し、もしくは行使しえなくなったことを主張するものであることは右主張自体から明らかであるところ、かような債務名義表示の請求権の消滅等の事由の主張は請求異議の訴によるべきであり、抗告人主張の右二点は執行文付与に対する異議の理由となしえないものという外ない。

よって抗告人の本件異議申立を却下した原決定は結局正当であるから、本件抗告はこれを棄却し、抗告費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条の規定を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 安岡満彦 裁判官 倉田卓次 竹沢一格)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例